LOOSE GAME 03-3


春コンのリハーサルが始まる頃。
相変わらず、あたしを取り巻く状況は悪くなる一方だった。

春コンは圭ちゃんの卒業ツアーでもあった。

あたしにとっては圭ちゃんは本当に頼りになるお姉さんで。
最初は、やっぱりちょっと怖かったけど。
プッチでも一緒になって。
すごく大好きだったし、いっぱい世話になったのもわかってたから。
自分たちの手で送り出してあげたいと思ったんだ。

それに、圭ちゃんが娘。のファンの人たちにどんなに愛されてるか知ってたから。
できるだけ沢山の人と、圭ちゃんの新しい門出を祝うべきだとも思った。

自分が、初めて心から憧れるあの人たちに出会って。
恥ずかしいけど、今更ながら、あたしを、娘。を応援してくれている人の気持ちが分かった。
もちろん今までも、ファンの人達に応援してもらえるのは嬉しかったけど。でも、本当は心のどっかで、所詮あたしの「本当」なんて知らないくせにって。見てくれだけしか興味ないくせにって思ってた。
「ヲタきしょい」じゃないけどさ。
勝手に応援してくれてるなんて。

だから、愛される責任なんて考えたこともなかった。
愛してもらってる代わりに、何かを返さなきゃいけないなんて。

たとえば、「カメラの前では笑え」なんて簡単なことも。ただ、みんなにそう言われるから、そうするもんなんだって、今までは嘘の笑顔を作ってたけど。
やっとわかったんだよ。
自分の、その時一番の笑顔を見せることが、愛してくれている人たちへのお返しなんだって。

そりゃさ、ファンの中には、ちょっとヤバいっていうか、まぁそんなカンジの人もいるからさ。過保護なあたし達は、本当のところ何千通と届いてるらしいファンレターなんか全然見せて貰えないし、インターネットのファンサイトとかも絶対見ないようにとか言われてて。
本当はファンの人たちとのつながりなんが全然なかったんだ。
特にあたし達なんかは、もう娘。になったときにはいっぱいファンの人もいたしさ。

それに、これは、あたしが悪いんだけど。
コンサートだって、毎日毎日、日に2回も3回も同じことやって。
客席の人たちの顔なんて見ようとも思ってなかった。
彼らの歓声やあたしの名前を呼ぶ声は嬉しかったけど。
そのひとりひとりの顔なんて、全然興味なんてなかった。

でも。
自分が誰かに恋焦がれる立場になってさ。
彼らのライブに行って。
声が枯れるくらい、コールして。
やっと、彼らが出てきて。

あの人は、ステージで、いつも、一番最初。
端から端まで、あたし達を見るんだ。
客席を。
真剣な目で。

あたし達、ひとりひとりの目を。

あの人は、ステージの上でも、1対1のガチンコ勝負で歌うんだ。
だから、あたしの心の芯まで、届く。
あの人は、そんなだから、きっと深く愛されてるんだし、ちゃんと愛される責任を知ってるんだと思った。

今まで、あたしは「ファンの人」って、漠然としたくくりでしか見てなかった。
そこに、ひとりひとりの人間がいるなんて、思いもしなかった。
彼らの愛のおかげで、あたしたちが歌うことができるなんて。

だから。
それを知ってから。
ちゃんと向き合いたいと思ったんだ。
愛されてる責任をとらなくちゃって。

そして、圭ちゃんは。
娘。の中でも、ほら、センターとかそういうんじゃなくても、ファンの人たちに多分一番愛された人だから。
その圭ちゃんの最後になるなら。
できる限りの一番いい形で、お別れするのが、やっぱり、それが愛される責任だと、思ったんだ。
そうしなきゃ、いけないって。

だから、リハーサルが始まってからは、毎日がほんとうに闘いだった。

コンサートも、いつも、本当に当たり前に全てが、何ていうの?トップダウンっていうの?そんなカンジで決まって。曲順はもちろん、衣装もMCも、何もかも。
あたし達は、ただ、そうやって決まったことを、ロボットみたいに覚えてステージの上で繰り返すだけだった。

で、リハの1日目。
あたし達の前に差し出されたセットリストは、いつものことだけど、いつものコンサートとは何にも変わらなくって。
新しいアルバムの曲は数曲入ってたけど。基本的にはいつものヒットパレード。
「MEMORY」も「サマーナイトタウン」も入ってない。

ねぇ、圭ちゃんの卒業コンサートツアーだよね?
娘。の中でも、一番努力して、一番みんなに頼りにされて、娘。の土台を作ってくれた、圭ちゃんの卒業なんだよね?

あたし達も、ファンの人たちも。
聞きたいのは圭ちゃんの「サマーナイトタウン」だよね?
努力で福田さんのパートを勝ち取った圭ちゃんの歌声だよね?

もちろん、娘。のタイトなスケジュールの中のギリギリのリハの時間に、今までやってなかったことをするのが厳しいのは分かってる。あたし達4期や5期が出来ないことはやらない方向になってることも。
でも、そんなのはファンの人たちには関係のないことで。
あたし達は、アイドルだか何だかしらないけど。
でも、愛されてるんだから。
せめてコンサートだけでも、こういう責任の取り方をしないといけないんじゃないかって。

あたしの中にアイデアはいっぱいあった。
プッチも新しくなったけど。
たとえばこの春コン限定だけでも、新プッチプラス圭ちゃんで「ちょこラブ」を歌うのも面白いと思った。別に前のプッチを惜しむわけじゃなく。それが、まだシングルすら出させてもらえない新プッチの一番最初の思い出になるなら、あたしにも、小川やアヤカちゃんにもいいことだと思った。
ラス日の、お決まりのアンコールのお別れ会じゃなくて。ちゃんと本編で、今日は特別な日なんだって、地方の人にも感じてもらうべきだと思った。
ちゃんと圭ちゃんひとり、ソロで歌う歌も、同じメンバーとして聞きたかった。

だから。
そんなこと、今まで誰も言わなかったの、知ってたけど。
あたしは言った。

「今度のツアーのセットリストはあたし達に考えさせてください」

リハーサルのレッスンスタジオは水を打ったように静かになった。
その場にいたのは、メンバーと、チーフマネージャーの山田さんと、振り付けの夏先生。

あたしは、自分の考えをかおりんにさえ言ってなかった。
もちろんかおりんを信用してなかったわけじゃなくて。ただ、かおりんが、ここ最近のヤツらのあたしへの仕打ちに心痛めてるのを知ってたから。相談したら多分止められると思ったから。それに、ただでさえ悩み多きかおりんに、これ以上あたしのことで心配もかけたくなった。

みんなは、突然のあたしの発言に、驚いてた。
でも、あたしは知ってる。
多分、みんな一度は考えたことあるはずだって。
自分たちのコンサートなんだもん、セットリストくらい自分達で決めたいって。

でも、ここには、それを許さない雰囲気がある。

だから誰も言わなかった。
あたしはそれを責めようとは思わない。
だってあたし達は、確かに沢山のお金を貰っているけど、ちゃんとプロの気持ちでやってるけど。
でも、やっぱり、所詮二十歳前後の女の子なんだもん。
大人たちの作った暗黙のルールに真っ向から歯向かうようになんて出来てないんだよ。
みんな、いい子だから。
大人にいい子って思われたいんだ。
あたしだってそうだったんだ。

ただ、あたしは。
たまたまあの人たちに出会って。
いい子でいなくていいって。
はみだしてもいいんだって。
ヤツらがいつも正しいわけじゃないって、知っただけ。

ううん、そんなきれいごとじゃないな。
とにかく。
今までの自分をブチ破りたくて。

勝手に戦いを始めただけ。

自分が正しいと思ったことは言わなきゃいけないって思ったんだ。
だって、あたしは、あの人たちみたいに、いくつになっても子供の顔で笑っていたい。

「何様のつもりだよ」

レッスンスタジオの沈黙を破ったのは山田さんだった。
あたしは怒鳴られるのも、小言を言われるのも覚悟していた。
でも、彼の言葉は、そんなんじゃなくて。
何ていうのかなぁ。
冷笑?
そんな感じだった。

「お前はいつからそんなに偉くなったんだ?シングル曲でも後ろの方でしかモタモタ踊れないヤツがそんな偉そうなコト言えるとは驚きだなぁ」

メンバーの前で、そんなこと、言うんだ。

みんなは、まるで自分が辱められたみたいに、俯いて視線を外していた。
あたしは、顔がカーッと熱くなるのを感じた。
それが、怒りからなのか、それとも恥ずかしさからなのかは分からなかった。

「でも、圭ちゃんの最後だからっ。特別な何かが―――」
「残念ながらお前の意見なんて誰も聞いてないんだよ。嫌ならとっとと出てけよ」

山田さんは顎でスタジオの出口を指した。
負けない。
負けるもんか。
こぶしを握り締める。

「出て行きません。あたし達のコンサートなんだからあたし達で決めたいんです」

言いたいことはいっぱいある。
でも、ヤツのあたしのこと、バカにしきった目に頭が真っ白になって。
悔しくて、悔しくて。
喉の奥にせり上がってくる涙をこらえるのに精一杯だった。

「ふーん。「あたし達」ねぇ。そう思ってんはお前だけだろ?みんなに聞いてみろよ。本当にそんな偉そうな真似がしたいのかよ。他のヤツらは迷惑だと思ってんじゃねーのかなぁ?なぁ?どうだ保田?お前の為らしいけど、お前何か文句あるか?」

圭ちゃんは、ちらっとあたしを見て、それから山田さんを見た。
圭ちゃんが迷ってるのは分かった。

「圭ちゃんはカンケーないですっ」

あたしはとっさに言ってた。
圭ちゃんに迷惑をかけるわけにはいかない。
そう思った。

圭ちゃんは優しいから。
こんな場面に立たされたらあたしを庇ってくれるに決まってる。

でも。
圭ちゃんは娘。を卒業したら。
その後のことは、こいつらの胸先三寸にかかってること、痛いくらい分かってたから。
中澤さんだって、平家さんだってそうだったから。
これからひとりになる圭ちゃんに、迷惑をかけるわけにはいかなかった。

「何でだよ?保田の卒業だから、ヨシザワ様の思うとおりにしたいんだろ?」
「圭ちゃんを送り出す気持ちを、コンサートにしたいって!」

「お前さぁ。今の時点で、自分が一番娘。のお荷物になってるって分かってるわけぇ?」

ヤツのその言葉は。
的確に。確実に。
あたしの心をえぐっていった。

「山田さん、いい加減にしてください」

助けてくれたのは夏先生だった。
夏先生は、あたしの腕を取って、スタジオから逃げ出させた。

フロアの休憩所にあたしを連れてきて、冷たいウーロン茶の缶ジュースをおごってくれた。
あたしは、ただ唇を噛んで、自分の無力さと無様さに耐えるしかなった。

あたしは、夏先生が苦手だった。
っていうか、あたしは他人に心を開くのが苦手だ。
いつも、一歩遠慮して、一歩出遅れてしまう。
夏先生は、自分を慕ってくれる子達を可愛がったから。
もちろん、あたしだって夏先生のこと尊敬してたし、別に夏先生につらく当たられたりしたわけじゃないけど。
けど、梨華ちゃんや加護みたいに、上手くなついたりすることが出来なかったから。
夏先生は、多分、あたしのこと、可愛げのないやつだって思ってたと思ってた。
そんな夏先生が、あたしを助けてくれたのが不思議だった。

「吉澤に、こんな根性あるなんて知らなかったなぁ」

夏先生は独り言みたいに言った。
あたしはただ、夏先生におごってもらったウーロン茶の缶をじっと見つめてた。
そうしないと泣き出しそうだった。

「吉澤はさぁ。いつもやる気あんだかないんだかわかんなくてさぁ。一回気合入れて叱ってやろうと思うんだけどさぁ、中途半端に器用だからさ、なかなかそんな機会もなくてさぁ。こう、現代っ子なんだなぁって思ってたんだよねぇ。まぁ手もかからないしさ」

夏先生は、いたずらっ子みたいにニヤッと笑って、あたしの頭をこつんと叩いた。

「そしたら、そんな熱いトコ、隠してたんだ。何だ、あんたかっこいいじゃん」

もう、ガマンが出来なかった。
あたしは、夏先生に抱きついてわんわん泣いてた。
先生に怒られて、泣いたことは山ほどあったけど。
先生の胸で泣くのは初めてだった。

「あのさぁ。思うとおりに生きてくのはしんどいよ。バカにされるし、小突かれるし。でも、これだけは覚えといて。オマエはダンス下手で、いつもコイツどうしようかって思ってたけど。今日の吉澤は、誰が何て言っても、あたしの目には、今までで一番かっこよかったって」

本当の自分を手にいれようとして、つらいことばっかりだったけど。
あたしはこうやって手にいれた、誰かの本当を忘れない。

それから夏先生は秋の娘。分割を前に、あたし達の前から、つまり「つんくファミリー」から去った。
娘。のコリオグラファーって役割もキライじゃないけど、そろそろまた、自分のダンスをしたくなったからって。

「がんばれよ」

って、いつもの、自分を信じて歩いてきた者だけが持ってる、自信に満ちた笑顔をあたし達に残して。

そうだ。
この人もまた、自分の力だけで戦ってきた人だったんだって、そのときに知った。
自分の道を進むために、しんどい思いをして、周りのヤツらに小突き回されて、それでも自分の足で歩いてきた人なんだって。
もっと、いろんな話を聞きたかったって、後になって思った。
でも、最後に、ダンスでは無理だったけど。
でも、あたしっていう人間を認めてもらえたことをすごく誇りに思った。

**********

そして。
結局というか、もちろんと言うか。
春コンのリハーサルは、何事もなかったかのように、いつもどおりに進んで行った。

でも、あたしは諦めなかった。
どっかの誰かが考えた、下らないコントじみたMCはイヤだって言い続けた。
せめて、何度も足を運んでくれる人の為に、毎回同じことを言うのだけでもやめたいって。

もちろん、聞き入れられなんてはしなかったけどね。

何も変わらない。
でも変わらないからって諦められない。

あたしは、自分の。
自分たちのモーニング娘。を守りたかった。

心から大好きだったから。

くじけそうになったときは、あの人を思った。
あの人の歌を思った。

苦しい。
苦しいけど。
大好きなんだ。
モーニング娘。という、グループが。
ここにいる仲間が。
ここにいる自分が。

**********

それに、夜になるといつも新しい友達からメールが入った。

「お父さん」ことマスターからは、『今日はMODS NIGHTだから飲みに来い!』
自分の店でMODSをかけて大騒ぎする夜は必ず。あたしは未成年だっちゅーの。

達也くんからは、『カラオケでミニモニ歌ってー』
何回あたしはミニモニじゃないって言っても。

木崎さんからは、『本日、森山、北里両氏は新宿「MEDDY HOUSE」の模様』
彼女の「スパイメール」だけには、スケジュールの許す限り駆けつけたっけ。

もちろん、ヤツらの手の届かないところでどんどん不良少女になっていくあたしに対しての監視の目は強くなる一方だった。
そりゃあそうだよね。
毎晩のように出掛けてはライブハウスや飲み屋で目撃されるアイドルなんて危なっかしくてしょうがない。
でも、あの夜以来は、あたしはお酒は一滴も飲まなかったし、タバコも吸ったりしなかった。
ちゃんと娘。の自覚はあったんだよ。だって、大好きなみんなに迷惑はかけられないじゃん。

でも、そんなことはヤツらには関係なかったんだよね。

その日も、木崎さんのスパイメールにしたがって、あたしと、彼らのライブで知り合った「追っかけ仲間」の伸悟さんて大学生の男の人と、あの人達がいるらしいお店に潜入してた。

「まぁた、お前らかぁ」

そう言いながらも、ほろ酔い加減の彼は、よっぽどのときじゃないとあたし達を追い返したりしなかった。もちろん、シビアなお酒のときは、本当に怖くて、さっさと追い出されたりもしたけど。
と言っても、彼らも、あたし達をつかいっぱにしてタバコを買いに行かせたり、ときにはキレイなお姉さんをナンパさせたり、いかついお兄さんにちょっかい出させたりとオモチャにして楽しんでるだけなんだけど。それでも楽しかった。

それに、厳しい現実に凹んでるときには、「気合が足りん!」と必ず励ましてくれた。

いつもと同じ楽しい夜。
ただ、どこから足がついたのか、その夜は事務所のバイトの若いヤツらがあたしを連れ戻しにやってきた。

あいつら、普段は山田さんとか、上の人たちにへこへこしてるくせに。
その日は、づかづかと店の中に入り込んできて、物も言わないであたしの腕を掴んだ。
そしてそのまま引きずって帰ろうとした。

ふん、事務所では、あたし達がどんなに「モノ扱い」されてるかよくわかるよ。
商品には口を聞く必要もないって?
あたしは「離せ!」って大騒ぎしてやった。

そしたら。

「オイ。俺らのツレ、どこ連れてくと?」

北里さんが、ヤツらに静かに言った。
でも、目は、物凄い勢いでヤツらを睨みつけてる。
上から言われたままに行動しているロボットみたいなヤツらは、もちろん彼らのことなんて知らないだろうし、あたしを連れ戻すことしか眼中に無かったみたいで。
はっきり言って顔はめちゃめちゃ怖い北里さんの言葉と眼光に凍りついた。

「いやっ…、俺らは、あの…事務所の……」
「こんな時間から仕事があんのか?」
「いや……」
「したら、コイツが何をしようと関係なかろーが」
「でも……」

とまどうヤツらに、奥の席から、あの人が、年季の入った戦闘モードの目で睨みつけた。
「帰れ」

勝負あった。

ヤツらはすごすごと尻尾を巻いて店から出て行った。
アルバイトの、多分年もあたしとそんなに変わらないヤツらが彼らに勝てるもんか。

「オマエ、ほんっとーにアイドルっちゃねぇ」

笑顔に変わった北里さんがまじまじとあたしを見た。
確かに、こんな時間に飲み屋でうろうろしているラロッカを着たアイドルなんてありえないかも。

「コイツがアイドルっちゃぁ、俺ぁより一層、世間がわからんったい」
「まぁ、助けてやったちゅうことで、コンビニで「DKARA」ば買ってこい」
「ええーっ!そんなぁ。飲まないクセにー」
「いーや、俺は今飲みたい」
「3分で帰ってこんかったらとっとと次の店ば行くけんねー」

あたしは、猛ダッシュで店を飛び出して近所のコンビニに走った。

本気かどうかわからない。
だけど、あたしに礼を言わせたり恐縮させたりしない、彼らの優しさに涙が出そうだった。

こうしてあたしは元気を充填して、次の戦いに備えた。

そして。
ヤツらにとっては「悪い手本」が。
あたしにとっては「最高にカッコいい手本」がすぐそばにあったから。
あたしはどんどん好戦的な人間になっていった。

**********

いつか、話さなきゃいけないとは思ってたけど。
ある日、あたしは圭ちゃんに呼び出された。

仕事終りの夜のファミレス。
そういや圭ちゃんとふたりっきりでご飯なんて始めてかも。

「どういうつもりなの?」
目の前のハンバーグセットをフォークでつつきながら圭ちゃんが言った。
「んへへ」
「最近のよしこ、ちょっとやりすぎだよ。なんで―――」
圭ちゃんはそこで言葉を切って、じっとあたしの顔を見た。
「アタシのためだったらさ。もう、こんな真似、やめな」

「圭ちゃんの為じゃないよ」

あたしはテーブルの上に置いた自分の手をじっと見てた。
「あたしが、自分がしたいからそうしてるだけ。娘。が好きだからさ。本当に自分達のモノにしたいんだ。娘。を」
圭ちゃんの突き刺すような視線を感じた。

「アンタひとりで?」
「……」
「誰も、そんなこと望んでないかもしれないよ?」

「うん」
あたしは手を握り締める。

「わかってる。あたしのせいでいろいろ、雰囲気とかも悪くなったりしてること。でも、それでもあたしは、娘。を自分の手に取り戻したいんだ。別に何もかもブチ壊したいわけじゃない。ただ、コンサートの曲順、自分達で決めたり。インタビューで台本以外のこと言えたり。そういう、自分たちの頭で考えて娘。を動かしたいんだ。それに、自分の意思以外の理由で、誰かが辞めていくのも、もう、やだし。上のヤツらがどうでも、あたしにとって娘。のみんなは、みんながかけがえのない人だから」

圭ちゃんは、あたしのセリフを吟味するみたいにしばらく黙った。
そして、小さなため息とともに言った。

「アンタの言うことはわかる。でも、そんなことアタシ達が考えたことないと思う?自分たちの娘。にしたいって、何度も思ったよ。アンタより長く娘。にいるんだからね。だけど……。だけど、何か行動するたびに、誰かが欠けていくんだよ。あやっぺも紗耶香も裕ちゃんも。そのことと卒業は関係ないのかもしれない。だけど、アタシは、今度はアンタがいなくなるんじゃないかって―――」

「圭ちゃんだって辞めるんじゃん!」

つい大きくなってしまった声に、圭ちゃんは眉をひそめた。
あたしは唇を噛んで俯いた。

「そうだよ。だけどアタシは首を切られるワケじゃない。大人になると、娘。はいられなくなるんだよ。アンタが言ったみたいなことが窮屈になってさ。でも、大人だから娘。より自分を選んだんだよ。この先の仕事とか、そういう打算的な意味で今が一番いいと思ったから。アタシはヤツらとも、これからも上手くやってくつもりでいるし」
「そんなの―――」
「でも、よしこはまだ、早いよ。アンタはまだ娘。に必要だし、アンタにもまだ、娘。が必要だと思う。だから、こんなムチャな真似は止めて欲しい」

そう言った圭ちゃんの顔は、全然大人みたいじゃなくて。何だか、泣き出しそうだった。あたしが心配になるくらいに。

圭ちゃんは、確かに娘。の中で一番大人だから。
それを知ってたから。
だから、圭ちゃんがいつも本当のことを言ってるとは思わなかった。
あたしのため、娘。のためなら、自分が悪者になるような嘘をつくことも分かっていた。

「でも。でもやめないって。反抗し続けるって言ったら?」

圭ちゃんはつらそうにあたしから視線をはずした。
大好きな圭ちゃんにつらい思いをさせてるのはあたしなんだって思ったら、あたしの胸も痛んだ。

「よしこは、自分のことで手一杯で気づいてないと思うけど。最近、アンタの態度を見て、辻と加護もいろいろ、言い出すようになったんだよ。あの子達のは、半分はただのわがままみたいなもんだけど。それに、あのふたりの、そういう態度は高橋達にも伝染してきてる。アンタがやろうとしてることは決して間違いじゃない。間違いじゃないけど―――。そのせいで、娘。を、悪くしてるんだよ」

その、圭ちゃんの言葉は、まるで頭をハンマーで殴られたみたいな衝撃をあたしに与えた。

あたしが娘。を悪くしている。

確かに、ヤツらに反抗することで手一杯で、ののやあいぼんのことまで気が回らなかった。
あの子達が、娘。の中ではいつも傍若無人に振舞っているあたしに、変な憧れみたいなのを持ってることは知ってたのに。そこまで気が回らなかった。

あたしのせいで、アイツにプッチを人質にとられてて。
小川やアヤカちゃんのことを思うと心が痛んだけど、それは、悪いのはアイツだって思って、闘志に代えられた。
でも、ののとあいぼんがあたしの真似をして反抗的な態度を取っているとしたら。
それはあたしのせいだ。

あたしの戦いは、結局、一番守りたいものを犠牲にしている。

「今までさ、一番へらへらしてたアンタが、こんな風になったのはさ、アンタなりに考えがあってのことだと思う。アンタが間違ってるわけじゃない。だけど、アタシは去っていく人間として娘。を守りたい。もうすぐ6期も加入して大事なときだし。だから、もし、これ以上アンタがこんな真似続けるなら」

圭ちゃんの大きな目から。
涙がこぼれるんじゃないかって、心配になった。

「続けるんなら。アタシはよしこの敵になるよ」

**********

圭ちゃんの言葉はなかなか耳から離れなかった。

守りたいはずの娘。を悪くして。
大好きな圭ちゃんにつらい思いをさせて、敵に回して。
それでも続けるほど、あたしの戦いに意味なんてあるの?
何のための戦い?

帰り道のあたしの頭の中は、泣き出しそうな圭ちゃんの顔と言葉がぐるぐるまわって。
あたしの足元はグラグラ揺れて。

どうしてこんなことになってしまったんだろう。
あたしは自分を取り戻したくて。
愛してくれている人に責任を取りたくて。
本当の歌を歌いたくて。
自分たちの娘。を守りたくて。

それが、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
何で、こんな、ややこしくなってしまうんだろう。

全てを投げ出したくなる。
ヤツらにつらく当たられるのなんて全然平気。
でも、あたしの愛してる人たちを傷つける価値が、あたしにあるの?

そんなとき、ケイタイがメール着信を知らせた。

『本日、森山さん以下4名で新宿でーす。非常にノリノリです。私もいます。来れたらおいでー』

木崎さんからのメール。

行きたかった。
行って、あの人に喝を入れて欲しかった。
あの人に、あたしは間違ってないって言って欲しかった。
ううん。
強いあの人を見るだけでもよかった。

でも。
ぱたん。
あたしは携帯を閉じた。

甘えちゃいけない。
あたしには、誰かに甘える権利なんてない。

ましてや、その日は。
あの人の顔を見ただけで泣き出しそうな自分に気づいていたから。

つっぱって、いい気になって。
自分が体を張って必死で守っているつもりになってた一番大切なものを、あたしが一番傷つけてたって分かったのに。

誰かに甘えることなんて出来ないよ。
泣き言を言うなんて許されないよ。

だから、もう、あの人たちには会わない。
会えない。

だって、あたしはもう、あのうつろな自分には戻れない。
全てを見なかったフリ、聞かなかったフリ、気づかなかったフリでやり過ごすことはできない。
それが、単なるあたしのわがままに過ぎなくても。
大切なモノを傷つけても。
誰かにつらい思いをさせても。

自分が愛せない自分に戻ることはできないよ。

だから、あたしは一人で闘うよ。
アイツとか、ヤツらとか、そんなんじゃない。
もう、何と闘っているのかもわかんない。
あたしが間違ってるんなら、いくらでも罰を受けるよ。

でも、あたしは、本当の自分でいたいんだ。

ごめんね、圭ちゃん。
ごめんね、のの。
ごめんね、あいぼん。

ごめんね、みんな。


つづく


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